「出て行って・・・」

09月 28日 2003年 | カテゴリ: 未定 | コメント: 0 »

牧師浅田容子

出て行って・・・」

マルコ福音書16:15

夏が終わり9月の新学期です。「スカースデールバチェラー(独身者)」となっていた「男性たち」も日本に一時帰国していた家族が帰宅してやれやれですね。教会も新しいビジョンを抱いて出発です。楽しみにしております!

年4月に、私の「宣教師派遣式」のために上京した時に、「横浜みなと未来」に昨年開館した「国際協力事業団横浜国際センター海外移住資料館 (Japanese Overseas Migration Museum)」を初めて訪れることが出来ました。日本人の海外移住は100年以上の歴史を重ね、現在、海外移住者やその子孫の日系人の人口は250万人 になるそうです。さらに海外から過去10数年間に、約30万人の日系人とその家族が就労や勉学を目的に来日して生活しているそうです。この資料館では、一 番早い移住地であるハワイと北米、そして中南米で、移住者たちが新世界で新しい文化創りにどのように貢献してきたかが様々な分野から紹介されていました。 私が昨年4月まで4年間奉職したハワイのヌアヌ組合教会員の家族たち(楠本チヨノさんと高林ジョージさんのお二人)のインタビューのヴィデオを見て懐かし さひとしおでした。・・・
大きく引き伸ばされて展示されていた写真の一枚に「本人に外出の勇気あらん者は世界到る処に第二の故郷を作らしむ可きな り」(福沢諭吉) この言葉を読んで、島国日本から海外移住に出かける人々を国が積極的に奨励したことがわかりました。ふとアブラハムを始め聖書の多くの 人物を思いました。彼らは神様の「出て行きなさい」という召しを聞き、恐れずに従い、新しい地へと出て行ったのです。「信仰によって、アブラハムは、自分 が財産として受け継ぐことになる土地に出て行くように召しだされると、これに服従し、行く先も知らずに出発したのです。」(ヘブライ人への手紙11:8) 私たちクリスチャンは、自分が手に入れて

いる安定した生活と快適さを、神様のご命令を受けたなら、いつでも捨てる心の準備をしているべきです。

活のイエスは弟子たちに「ガリラヤに行け」(マタイ28:10)と命じられました。ガリラヤは彼らにとっての故郷でした。しかし「故郷に帰る」のではなく 「新しい使命を与えられて、故郷に行く」ようにと命じられたのです。私もイエス様の命によって、三度目のニューヨークに「新しく出発」してきました。さら にイエス様の最後の命令は「全世界に出て行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16:15)でした。私たちの教会も福音を携えて 出て行かねばなりません。8月24日の礼拝で、我々の友人日本語の上手なガーナ人クリスチャンYawさん(Mr. Yaw Okraku-Yirenkyi)が「証」の中で、「我々はフルタイム伝道者です。神様の言葉を伝えることが第一のフルタイムの仕事。この世の様々な職業 や仕事は第二の仕事です。・・・」と力強く語られ、大きなチャレンジを受けました。

ところで宣教とは今日どのようにあるべきでしょうか?
は母校ドリュウ神学校(Theological School of Drew University, Madison, NJ)のエキュメニズムの教授ウエスレーアリアラジャ先生(Dr. S. Wesley AriarajahNot Without My Neighborの著者)の講演(講演題:キリスト教のミッション-終結かそれとも新しい始まりか? CHRISTIAN MISSION THE END OR A NEW BEGINNIN)から、多くの示唆を受けましたのでご紹介しましょう。彼は講演で次のように提案しました。
「新しいミッションの方向を探る中で、主流キリスト教派の宣教学(Missiology)は次の四点に方向転換すべきです。
1」閉鎖的から開放的に。
2)回心を迫る伝道方法から癒し(いやし)の伝道への転換。
3)多数から少数者重視の伝道へ。
4)教義主義から霊的への転換。
「も しキリスト教の伝道(ミッション)が神のミッションに参与する事であり、神が居られる所へ共に行こうとするのならば、キリストの弟子として、我々自身が新 しい存在となって、新しい考えを喜んで受け入れるようにならねばなりません。・・・」と指摘され、私は大いに教えられました。「遣わされないで、そうして 宣べ伝えることができよう。「良い知らせを伝える者の足は、なんと美しいことか」と書いてあるとおりです。(ローマ10:15)」さあ、ご一緒に伝道に出 発しましょう!