復活のキリストと共に新しい歩みを!

03月 26日 2004年 | カテゴリ: 未定 | コメント: 0 »

浅 田 容 子

復活のキリストと共に新しい歩みを!

ルカ24:30-32

「・・・一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かった が、その姿は見えなくなった。二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、私たちの心は燃えていたではないか」と語り合っ た。 (ルカ24:30-32 今年の「灰の水曜日(Ash Wednesday)」に、我々の教会はMJM(Metropolitan Japanese Ministry: 聖公会日本語ミニストリー)の「灰の式と聖餐式礼拝」に出席させていただいて、景山恭子ミッショナーのメッセージを伺う事ができ感謝でした。ロイド司祭よ り額に灰をつけていただき、「あなたは塵から造られ、塵に返る」(創世記3:19)と語られたみ言葉が心に沁みました。自らの罪を悔い40日の「受難節 (大斎:レント)」に入りました。 時を同じくして映画「パッションPassion」が封切られ、話題になっています。私はキリストの余りにもひどい受難を直視できないので出かけておりませ んが、この季節にキリストが誰のために苦しまれ、十字架にかかられたのかを改めて思い、聖書を深く読み信仰を新たにする事は良い事だと思います。 キリストの復活が伝えられた日の午後、エルサレムから10キロほど離れたエマオ村に向って二人の旅人が真剣に語り合い論じ合いながら歩いていました。彼ら は、主イエスの十字架の死に失望落胆し、復活の知らせを信じられないと語り合っていたのです。そこに、復活のキリストが二人に加わって旅を続けました。信 仰者はいつも人生において「同行二人」ですが、彼らはキリストを見ることが出来ませんでした。私たちもしばしば傍らにいてくださるキリストを見失って恐れ たり悩んだりつまずいたりして孤独な人生を歩んでいます。議論ばかりしています。・・・ ところが、イエスと共に食事の席についたとき、彼らは「イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イ エスだと分かった。」という体験をしました。聖餐に与ることが、生きたキリストを体験する恵みの時である事が分かります。信仰をもって聖餐に与り、キリス トの体と血を頂くとき、我々は聖霊の助けによりキリストと一体にされる体験をするのです。 そして、二人は気づきました。「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、私たちの心は燃えていたではないか」と語り合った。 彼ら は、いくら熱心に議論しても復活は わかりませんでした。キリストご自身の語られるみ言葉に耳を傾 小山晃佑先生(ユニオン神学校名誉教授)は、次のように述べておられます。「キリストは最後の夜、弟子たちに、この割かれたパンのように自らの体が裂かれ ると教えられました。この厳粛で神聖な象徴的意味をご自分が裏切られる夜であるのに、それが最善の時であるとして教えられました!現代の軍事的感覚から見 れば、彼にとって抵抗の時、敵の手に渡される破滅の時と言えるでしょう。しかしイエスキリストは強い愛のシンボルを残されました。パンを割く瞬間はキリ スト教会にとって最も神聖な瞬間となりました。裂かれたキリスト切り裂かれバラバラにされたキリスこそが破れた世界を癒されるお方です!新約聖書 は、美しい、切り裂かれない、バラバラにされないキリストを語ってはおりません。「なぜなら、わたしはあなたがたの間で、イエスキリスト、それも十字架 につけられたキリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです。」(第一コリント2:2)」 (Kosuke Koyama, “Mount Fuji and Mount Sinai- A Critique of Idols”, Orbis Books, Maryknoll, New York, 1984. p.242) 「破れる(broken)と言う言葉は否定的な言葉です。・・・しかし裂かれたキリストを語る事は、創造、建設、統合(融和)、和解、癒しを語る事なので す。・・・弟子たちと共に過ごされた最後の夜、キリストはパンを割かれました。彼がパンを二つに裂いて皆に示された時、割かれたパンの2片の間に空間がで きました。この新しい空間こそキリストの命の代価によって創られたものです。・・・この特別な空間はキリストの苦難の愛によってもたらされたのです。この 空間に教会が建てられました。これは神聖な空間です。すべての他の空間はこの神聖な、礼典的な空間の意味を学ばねばなりません。このように、クリスチャン の神聖についての理解は最後の晩餐のパン割きのイメージに中にあることを知らねばなりません。・・・このキリストの「神聖:holiness」と「破れ: brokenness」の一致を「礼典的:sacramental」と言います。・・・キリストにおける神聖と破れの一致がつねに教会自体の改革を奮起さ せるちからとなって来たのです。(同書 pp.242-245 「だから。キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。」(第2コリント5:17 さあ、イースター礼拝で聖書のみ言葉に聴き、聖餐式にあずかって、復活のキリストと共に歩みだしましょう。教会もキリストの復活の力と命を頂いて新しい改 革の歩みをしたいものです。 「主イエスと共に歩きましょう。どこまでも。 主イエスと共に歩きましょう。いつも。 嬉しいときも、悲しいときも。 歩きましょう。どこまでも。 主イエスと共に歩きましょう。いつも。」(聖歌) 皆様、イースターおめでとう!!

クリスチャン・リーダーとは?

03月 5日 2004年 | カテゴリ: 未定 | コメント: 0 »

浅田容子

クリスチャンリーダーとは?

マタイ20:26-28

「あ なたがたの間で偉くなりたいと思う者は、仕える人となり、あなた方の間でかしらになりたいと思う者は、僕とならねばならない。それは、人の子がきたのも、 仕えられるためではなく、仕えるためであり、また、多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためであるのと、ちょうど同じである。」(口語訳:マタイ 20:26-28) 今年度の定期教会総会が無事終了しました。教会員一同昨年度を評価し、教会活動も会計も思いに勝る祝福を頂いた事を知らされ感謝にあふれました。新年度は 希望にあふれて宣教活動に出発できると思います。メソジスト教派の研修会で頂いたプリントから「教会の七つのM(The M’s of the Church)」をご紹介しましょう。Mission (ミッション宣教)inistry(ミニストリー牧会)Message(メッセージ教)Method(方法)Management(運営) anintenance(設備管理)Money(財政お金)やはり、教会にとって何より大切なのはミッション(宣教)ですね!金銭問題は最終的なもの で、必要は必ず満たされると言う事です。今年が楽しみです!先月の月報で予告しましたように、2月はいずれの教派も牧師や信徒の「研修会」を開いており、 私はアメリカ改革派教会(RCA)とメソジスト教派の研修会に出席しとても良い学びの時を持つことが出来て感謝しております。今月は、RCAの「新任牧師 研修会」で学んでいる「リーダーシップ」について紹介しましょう。アメリカの教会や神学校の特徴(良い点)は、日本と違って神学や聖書の学びのみならず、 実際的訓練(牧会、礼拝、宣教含む)を重視する事です。リーダーシップスタイルには次の四つが有ります。 1)課題中心型(The Task-Oriented Leadership Style): プログラム中心に目標達成を目指すタイプで、助言や指導を好まず、弱さを持つ人々や達成能力のない人々を無視しがちです。しかし教会成長にとってある時に は、このリーダーシップが必要とされます。 2)人間中心型(The Person-Oriented Leadership Style): 交わり中心型で、葛藤のない人間関係を重視し、目標や指示を与えず、快適な雰囲気作りをめざします。教会は「クラブ的」となり、全体の課題に取り組む姿勢 は薄くなります。 3)消極的受身型(The Passive Involvement Leadership Style): リーダーは傍観方で内部に入りたがらないタイプ。リーダーは裏的存在で、グループにリーダーシップを任せ皆が働き責任を負います。訓練されたグループの場 合、自分たちで決めて目標達成に成功しますが、長期間このリーダーでは教会成長は困難です。 4)全参加型(The Total Involvement Leadership Style): 良き人間関係を持って、課題達成に取り組むリーダーです。全体の目標と人々の要求との間にギャップがないように配慮します。人々の参与によって目標達成す るよう、皆の意見やアイデアを取り入れます。このリーダーシップのもとでは皆が達成感を得ます。弱点は危機的な状況に対する調停や個人的なカウンセリング などが重視されにくい事です。(R. Paul Stevens and Phil Collins, The Equipping Pastor: A Systems Approach to Congregational Leadership, An Alban Institute Publication, Bethesda, MD, 1993. pp.64-69 あなた自身のリーダーシップスタイルはどうですか? 「そして、彼は、ある人を使徒とし、ある人を預言者とし、ある人を伝道者とし、ある人を牧師、教師として、お立てになった。それは、聖徒たちをととのえて 奉仕のわざをさせ、キリストのからだを建てさせ、・・・」(口語訳聖書:エペソ4:11-13)教会のリーダーは、自分に従うことを求めるのでなく、教会 員がお互いに助け合って、「キリストの体」を建てることを目指さねばなりません。(上掲書p.37 1)「聖徒たちをととのえる(equipping)」と事がプログラム中心のミニストリーよりも重要です。 2)リーダーたちは服従を求めるのでなく、励ましを与えて皆の中に一致があるように、皆がミニストリーを担うようにすべきです。 3)健康的な相互依存関係を作り出すべきです。皆がリーダーをも育てていくのです。 4)リーダーは、他の人々皆がヴィジョン達成に確信を持って取り組めるよう励まします。 ) リーダーは、グループが弱者排除や、リーダーシップの取りすぎやその反対などの、機能障害に陥らないように、気をつけねばなりません。 6)グループ内のお互いのギフト(賜物)を認識し、他を助けることが各自のためであり、皆の喜びであるように導かねばなりません。 7)教会の最終目標は「キリストの体を建てさせる」と言う事です。「聖徒たちと整える」ことの一番大切なことは、教会自体が、「一致」と「違い」(結び合 わされつつ、部分は違い(多様性)を持って働くと言う広がり)を理解する事です。 クリスチャンリーダーはキリストの「仕えるリーダー(The Servant-Leader)」の姿にモデルを見出します。(上掲:マタイ20:26-28)レントに入りました。徹底的に人々に仕えられた「苦難の 僕」を見上げて悔い改め、献身を新たに致しましょう。