花、いのち、風・・・

05月 12日 2005年 | カテゴリ: 未定 | コメント: 0 »

牧師浅田容子

花、いのち、風・・・

第2コリント5:17

「キ リストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。」(第2コリント5:17) 気温が60度F(15)から一気に80度F(27)になったため、あらゆる花々が一気に開花し春爛漫のNYです!満開の桜木蓮連翹(れんぎょう) などに目を奪われ、星野富弘さんの花々に寄せる思いと感動を実感しています。先日、日本のTVニュースで「星野富弘美術館」がさらに大きく改築されたと報 道していました。「トランブル絵画教室」では「星野富弘さんのように花を描けたらなあ・・・」と願いつつ、毎月一度花の写生をしています。蔭山うらら先生 のご指導のおかげで皆とても上達してきました。完成作品はみんなの個性が現れています。花の絵に星野さんのように「詩」を添えられたら良いのです が。・・・「てっせん」花は自分の美しさを知らないから美しいのだろうか知っているから美しく咲けるのだろうか(星野富弘、1981)「らん」むらがって 咲いていると楽しそうでひとつひとつの花は淋しい顔をしているおまえも人間に似ているなあ  (星野富弘、1978)「エルサレムから離れないで、かねて わたしから聞いていた父の約束を待っているがよい。」(使徒1:4) 私たちは復活の主に出合った弟子達と同様に、イースターからの50日間、自分の挫折、弱さ、罪を徹底的に見つめ、約束された「聖霊の力」を待ち望んでいま す。この「聖霊降臨日」は「教会の誕生」とされています。この日に何が起こったか判断するのは難しいことですが、圧倒的な「力」、神の臨在のしるしとして の風、炎があり、音が聞こえました。それは突風のように一気に吹き抜けていきました。その後、弟子達に驚くべき変化が起こったのです。「すると、一同は聖 霊に満たされ、が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出した。」(使徒2:4)奇跡的な現象でした。他国の言葉で話し出したとは「キリストの証 人として立ち上がった」と言う事です。彼らの言葉があらゆる国の人々の心に伝わり、福音が誰にでも理解できたのです!ついこの間まで逃亡し、故郷にもどっ て元の漁師に戻ろうとさえしていた臆病者が、勇気ある者に目覚しい変化を遂げて生まれ変わらされた事実です!弟子達はキリストが救い主である事をはっきり と確認、この方のために生きようと立ち上がったのです。筆頭がペトロでした。聖霊に満たされて語りだしたペトロの説教には力があり、聞く者の心を打ちまし た。「人々はこれを聞いて大いに心を打たれ、ペトロと他の弟子達に、「兄弟たち、私たちはどうしたらよいのですか」と言った。」(使徒2:37)聖霊とは 何でしょうか?「わたしを見た者は、父を見たのだ。」(ヨハネ14:9)と言われた主イエスを通して、私たちは父なる神を知ります。そのキリストを救い主 と知らせるのが聖霊です。「聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。」(第1コリント12:3)今私たちがキリストを救い主 と告白して信仰の仲間と共に生きているこの現実こそ、聖霊の働きということが出来ます。 「やぶかんぞう」いつか草が風に揺れるのを見て 弱さを思った今日 草が風に揺れるのを見て 強さを知った(星野富弘、1980)「風は思いのままに吹 く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれる者も皆そのとおりである。」(ヨハネ3:8)「霊」は「風」 とも「息」とも同じ語源を持っています。「風」のように常に存在しておりながら、気づいていない事もあり、時には嵐のような激しさであらゆるものを揺り動 かし、吹き荒れる激しさもあります。風がどこから来てどこへ行くかわからないように、聖霊の力は「思いのままに吹く。」目にははっきりと見えない、静かな 働きもあります。聖霊の働きは新しく生まれ変わらされた「キリストの証人」の働きを通して知らされる事もあります。霊は力と生きる意味を与えてくれます。 悩みの中でも日常の中でも新しい喜びを与えてくれます。絶望に力を、冷えた心に暖かい愛を生み出してくれるのが、聖霊の働きです!「キリストと結ばれる人 はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。」(第2コリント5:17)体操教師で事故のため、首から下が麻痺と なられた星野さんが、花を描き、詩を作っておられる姿は、「キリストによって新しく創造された人」です!また「やくざから牧師」へとキリストによって生ま れ変わらされた鈴木啓之牧師も同じです。鈴木牧師の迫力あるメッセージは我々の心を揺り動かしました!さあ、聖霊の風を受けて、「たんぽぽ」のように、自 由にのびのびと、楽しく空を飛ぶように、宣教に遣わされていきましょう!嬉しいですね。 たんぽぽ」 いつだったか きみたちが空をとんで行くのを見たよ 風に吹かれて ただ一つのものを持って旅する姿がうれしくてならなかったよ 人間だってどうしても必要なものはただ一つ 私も余分なものを捨てれば 空をとべるような気がしたよ (星野富弘、1980

内なる人は日々新たに・・・(葬儀説教) 

05月 7日 2005年 | カテゴリ: 未定 | コメント: 0 »

牧師浅田容子

内なる人は日々新たに・・・(葬儀説教)

IIコリント4:7-5:1、コロサイ3:14Iコリント13:13

会員小林泰子さんは2年間の闘癌の末、5月1日コネチカットホスピスで平安のうちに召天されました。52歳の若さでした。5月7日(土)11時より我 々が日本語礼拝でお借りしているトランブルのロングヒルメソジスト教会で浅田牧師により葬儀が執り行われました。約100名の参列者があり、明るく前向 きに癌と闘って生き抜いた泰子さんを偲ぶ心に残る葬儀となりました。御家族の上に神様の限りないお慰めが与えられますようにお祈りいたします。出席できな かった方々からのご希望があり下記に葬儀の説教(英語説教の要訳)を掲載します。1)小林泰子さんは大阪で生まれ育ち37歳の時に夫輝夫さんと二人の子 供達:健太郎君と麻衣子さんと共に渡米。積極的にアメリカの文化を受け入れ直ぐに多くのアメリカ人の友達を作りました。英語のスラングもロリーさんからど んどん学びました!泰子さんはLord & Taylor (デパート)で働いた事もあります。人間の価値には「行為価値」「経験価値」「態度価値」の三つがあるといわれますが、彼女はこの三つとも持っていまし た。何時もグループの中心人物で持ち前のユーモアで周辺に明るい笑いを一杯振りまいていました。我々は健康を害したり高齢になった時に初めて、人間の存 在、命の大切さに気づきます。人生は短いものですが我々は永遠の命への備えをしておりません。人間の存在は「土の器」であり壊れやすいものですが、神様に よって、内に「宝」を与えられており、日々霊的に成長するのです。「わたしたちはこのような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のもので あって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために。」(第2コリント4:7)ユーモアのセンス抜群で話好きの泰子さんにとって癌の進行に よって身体的に不自由になっていくことを受け入れる事はなかなか困難でした。右手が使えなくなり特に喉の切開後話せなくなった事は悲しい事でしたが、左手 で字を書き、笑顔と小さなささやきや目線で最後まで語り続けました!我々は今まで、人々を「なせる業、行為doing」で価値判断してきましたが、人の価 値は「行為ではなく」「その人の存在そのものbeing」であることを知らされます。2)泰子さんはとても幸せなことに家族と多くの友人の暖かい愛と看護 を受ける事が出来ました。ホスピス病床には何時も友人達が集まっており、特にユリエさん、美佐緒さん、あやさんの三人は毎日泰子さんに「マッサージ」「指 圧」をし、日本食を作り、あらゆる看護をしていました。同室の見舞い客まで「指圧」を習って皆がマッサージしていました!泰子さんがこれほどの愛を受けら れたのは、今まで泰子さんが出来るだけの藍を家族や友人に注いできたからです。我々は愛を与えるよりも「愛を受ける事」のほうが難しいことを学びました。 泰子さんも夫の輝夫さんも子供達も、愛は忍耐が必要であり、お互いに助け合う事の大切さや他の人々の愛を感謝して受け入れる事を学んでいかれました。泰子 さんは徐々に目に見えないものの大切さを知らされていきました。「だから、わたしたちは落胆しません。たとえわたしたちの「外なる人」は衰えていくとして も、わたしたちの「内なる人」は日々新たにされていきます。わたしたち一時の軽い艱難は、比べものにならないほど重みのある永遠の栄光をもたらしてくれま す。わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが。見えないものは永遠に存続するからです。」(第2コリン ト4:16-18)ホスピスで彼女の「外なる人」は徐々に衰えていきましたが、彼女の「内なる人」は日々、新たにされていき、謙虚になり、少女のようにま すます美しく愛らしくなっていかれました。泰子さんを天に送った翌日、夫の輝夫さんは「私はホスピスにいた泰子さんを一番懐かしく淋しく思いま す。・・・」を語られました。泰子さんは会話が出来なくなった時、左手で「ごめんね」「ありがとう」と人々に書いていました。彼女の気持ちを十分に伝える のにこの二つの言葉で十分でした。「これらいっさいのものの上に、愛を加えなさい。愛は、すべてを完全に結ぶ帯である。」(口語訳:コロサイ3:14) 「それゆえ、信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。その中で最も大いなるものは、愛である。」(第1コリント13:13)3)これからの一年 間は特に小林一家、特に夫の輝夫さんにとっては愛するものを失った「喪失感」から立ち上がるために苦しい淋しいときと成られる事でしょう。神様に信頼しな がら、この時を乗り越えていくには「三つのT:Tears, Talk語ること, Time時」が必要です。我々も今まで同様に小林ご一家に祈りと愛をもって支えてまいりましょう。最後に、首から下が麻痺してもクリスチャンの画家詩作 家として新しく生きている星野富広さんの詩を紹介しましょう。「神様がたった一度だけ この腕を動かしてくださるとしたら、母の肩をたたかせてもらおう。 風に揺れるぺんぺん草の実を見ていたらそんな日が 本当に来るような気がした。」その日は必ず来ます。いつか天国で泰子さんに再会し、彼女の手足をマッ サージしながら、楽しく笑いあう時が来るでしょう。大きな星が落ちました。でも今も天で輝きながら愛するものを見守り、導き、希望を与えてくれています。 彼女は我々の心の中に永遠に生きています。アーメン。 200557日、英語説教の要約)