私の隣人を抜きにしないで
• 浅田容子牧師
私の隣人を抜きにしないで
詩篇133:1
「見 よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。」(詩篇133:1) ハリケーン・カトリーナに続いてリタの上陸で深刻な被害が報じられています。これが文明大国といわれるアメリカでの出来事とは信じられない事です。皆で祈 りを合わせ迅速な援助に協力いたしましょう。教会でも支援献金を受け付けています。チェックに「ハリケーン・カテリーナ支援」と書いてお送り下さい。
「かかわり」 天の父さま 世界のどこの国に不幸が起こっても いっしょに悲しませて下さいかかわりのない国はなく 一人もいません
(河野進詩集「かかわり」P.92) 9月15日にメソジスト教派NY地区牧師研修会があり、興味深い「統計表:1990年から2020年における、NYの民族/人種別人口推移」 をもらいました。まとめると次の通りです。 1. 全体の人口は急激に増加している(1.7% 増加) 2. ヨーロッパ系アメリカ人口は33%減少。人口2.7ミリオン。 (2,700,000人) 3. アフリカ系アメリカ人口は百万人増加。(2,800,000から3,800,000に増加) 4. アジア/太平洋系アメリカ人口は2倍に増加、838,430人増加。 (508,840人から1,347,270に増加) 5. スペイン系アメリカ人口は870,000人増加。(2,200,000人から 3,100,000に増加) 6. アメリカ原住民人口は232,360人増加し全体で2倍増。(141,010 人から 373,380に増加) 7. エスニック民族/人種(Racial/Ethnic)の人口が60・3%の多数を占め20%の増加、ヨーロッパ系アメリカ人口が35%減少したのと比べ て、他のエスニック民族人口は53%の増加。 こうしてみると、今日、アメリカもヨーロッパ系統さらにクリスチャン(プロテスタント)が多数であった時代は過ぎ、アジアや中近東のように、クリスチャン と共に他宗教の人々が生活しているのが現状になっていることが分かります。今日アメリカで人々は他宗教の人々と如何に協調して(ハーモニーを持って)生き ていくかを学ばねばならないのです。今年も9月11日を迎え、悪夢から五年が過ぎた今もテロの恐怖と不安が消えていないことを実感します。この5年間でア メリカは我々外国人にとって住みにくい国となり、隣人を信じられず、疑い(不信)を持って見たり、違った文化・宗教・民族への偏見が増したように思うのは 私一人ではないでしょう。 母校Drew神学校教授でスリランカの神学者:ウエスレー・アリアラジャ先生(Dr. S. Wesley Ariarajah)は示唆に富む著書 “Not without My Neighbour(私の隣人を抜きにしないで)” の中で次のように述べておられます。「他宗教を信じている隣人の中で生きているアジアのクリスチャン達のジレンマは「神のいのち」をどう伝えるかというこ とです。・・・しばしばアジアのクリスチャン達は他宗教の人々ととても緊密な関係の中で生活しているので、自分達の隣人が「天国」に入るのを否定されるの なら、自分達も「天国」には行きたくないと考えます。・・・今日では我々クリスチャンがヒンズー教徒たちを「偶像礼拝者」と呼ぶことはなくなって来てお り、他の人々の信仰を尊敬する事を学んできています。キリスト教会や神学、諸宗教の神学も「広がり」を持ち、他宗教の多元性や復興の現実を受け入れるよう になっています。現在他宗教との対話と諸宗教の協力がよく見られます。(ウエスレー・アリアラジャ著、“Not without My Neighbour P. 5) 「対話は直ちに葛藤を解決するものではありませんが、人々がお互いの違いを知ることによって、お互いを脅したりするのではなく、「自然で: natural」な「当たり前な: normal」事として、民族・人種・宗教の壁を越えて「会話のコミュニテイー: community of conversation」、「心と精神のコミュニテイー: community of heart and mind 」を築くものです。ゆえに、対話は人々が“違っている事: otherness 」を理解し受け入れる事を助けるものです。対話は人々が複数の中(大勢の中)での「アットホーム感」を作り出そうとするものであり、多様性を感謝し、無政 府混乱の脅威にあってもお互いに連携しようとするものなのです。(前掲書P.13-14) 「人々は、東から西から、また南から北から来て、神の国で宴会の席に着く。」(ルカ福音書13:29)10月2日(第1日曜日)は「世界聖餐日」です。世 界の教会が共に「聖書晩餐式」を守り、一人一人主のテーブルに招かれて、主の赦しと愛によって一つにされている事を実感する礼拝を守ります。私達がお互い に「神の子供」である事を実感するのです。我々の教会ではDrew神学校名誉教授のDr. David Graybeal が聖餐式を司式して下さいます。どなたでも多数ご出席下さい! 「神の霊に導かれる者は皆、神の子なのです。あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわ たしたちは、「アッパ、父よ」と呼ぶのです。この霊こそは、わたしたちが神の子供であることを、わたしたちの霊と一緒になって証ししてくださいます。」 (ローマ8:14-16) 「なぜミッション(宣教)が必要か?」神様は我々の隣人と共に居られるのか?それとも居られないのか?もし神が我々の隣人の生活(人生)の中に居られない のなら、「神はすべての人々愛しておられる」という我々の信仰はどうなるのでしょうか?もし神様が居られるのなら、この神の愛のメッセージは我々の隣人の 宗教生活とどう関係を持つのでしょうか?ミッションのあとには何が必要でしょうか?いつミッションが成就した(完成した)と言えるのでしょうか?ミッショ ンとは何でしょうか?それは弟子作りでしょうか?癒し?新しい生命?あるいは「救い」でしょうか?もし救いだと言うのなら、救いの制定は何でしょうか?救 われたという「しるし」は何でしょうか?」 (同書P.125)アリアラジャ先生の投げかけておられる上記の質問は今日の我々にとって何と重要な事でしょうか!新年度の活動が始まりました。「神の愛 のコミュニテイー」である家庭、教会、各集会に愛する隣人をお誘いしましょう!